バリアフリー考 [住まいづくり]

新築住宅、リフォーム、住まいづくりの現場では「バリアフリー」が当たり前となっています。
一般的に「バリアフリー」とは、歩行する動線上において段差や出っ張りがないことを指します。
古い家屋では、床、建具、あるいは畳を納めてる造作の仕方として敷居の分だけ(≒55mm)段差ができてしまいます。
理由がない訳ではありません、
床板を根太と敷居で挟みこむことで床板の暴れや軋みを抑えること、畳を敷くことが普通となる過程で、畳を敷きこむ枠として敷居で囲む造り方となっているのです。
日本の家屋は「使い勝手」よりは作法を重んじており、敷居をまたぐ、畳の縁を踏まない、土壁にもたれないなどの所作や云われに家屋との付き合い方のマナーの意が込められています。

戦後から激変する日本人の生活スタイルにより、現代での「住まい」は、より高度な機能性が求められています。この「機能」については後日の話題ともなりますが、そのひとつのキーワードとして「バリアフリー」が「住まいづくり」の必携とされる機能となっています。
こんな記憶はないでしょうか?ややうす暗がりの部屋から部屋へと移動する際に、ちょっとした油断で敷居につまづいて痛い思いをしたことはありませんか?倒れないように足を踏み込み、または手で周辺を探り九死に一生を得るのも、まだまだ自分も若いしまんざらでもないと自画自賛。笑い話なら、こんなエピソードも家族に自慢話のネタとして夕食にご披露するところ、ところが年を経るごとに衰える視力、体力、反射神経、柔軟性など体にハンデキャップが増すごとに、笑い話では済まされなくなってきます。
※住居における高齢者の転倒事故
仮に転倒事故によって命を失う、または重大なハンデを負うことで以前は気にならなかった平素の生活にストレスを毎日感じることとなれば平穏かつ楽しい日常さえ、だんだんと気落ちしていき果ては心の問題へとなりかねません。
「住まいは社会の鏡」でもあります。昔あった大家族ならば互いの目配りと気遣いで事故をけん制しあった環境とは異なり、このことが問題として顕在化してきたのは、単家族化が進むことにより独り住まいが増えてきたことと高齢化が原因とされています。そのために介護や自立支援の一助としてのバリアフリーの要求が高まっているのです。
さて、もうひとつ考えなければならないことがあります。
新築工事では当初から、リフォームなら小分けになっている居室・食堂・台所を一室としてLDKという空間を構成する場合がほとんどです。限られた空間を最大限に有効活用するという側面ばかりではなく、少しでも家族が顔を、声を会わせることへの希求が、こういったトレンドの根っこにあるというのは考えすぎでしょうか。
先ほどの単化していく暮らしの風景に反し、やはり人の暮らしには互いに支えあうコミュニケーションが大事だと思います。先ほどは「住まいのバリアフリー」について述べてきましたが、この場合は「暮らし(こころ)のバリアフリー」と言ってもいいでしょう。
かなり極端なケースですが、昨年に設計・施工での住宅新築工事では、ハンデキャップを持つご主人が自力で、家族と一緒に暮らすためにはどうしたらいいか?
・車椅子での往来があるため床材は硬質なものを選び
建具が引き戸を基本にし敷居はノンレールタイプ、

・往来できるように玄関框の段差をなくし
且つポーチからスロープで外部へと導く、

・リハビリの先生にアドバイスを頂きトイレは広めにして
便器の位置と手すりの高さと位置に気をつける、

・手動で高さが調整できる洗面化粧台、

・ベンチ付(本当は用途が違うようですが)のユニットバス(TOTO製)を採用、

さらに一歩ふみこんで、LDKのL=居間スペースをあえてしっかりと「高さ」を設けました。車椅子から居間スペースへ、そして車椅子に乗り込む際、この高さが「暮らしのバリアフリー」となっています。

「暮らしのバリアフリー」においては、もっと家族それぞれの動作や所作、目線などを含め、「段差」ではなく「高さ」ということを考えることで、家族それぞれの楽しい「暮らし方」を得ることができます。単純に床をフラットにしていくバリアフリーだけでなく、暮らしには「立って作業する高さ」と「椅子に腰掛ける高さ」、「畳に座る高さ」が混在しています。低い上り框ゆえ上がりやすくても靴を履く時には腰掛けることなく中腰で靴を履く、食堂の腰掛からコタツへと、あるいはコタツから「よっこらしょ」と一声だしてトイレへと、その暮らしの所作には立ったり座ったり、意外に複雑な動作が織り込まれてます。もっと顔をあわせながら視線を交わしたりすることと併せ、動作の所作のスマートさがあればもっと楽しい空間になるのではないでしょうか。

新築住宅 presented by 株式会社 高垣組











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